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PINKFOX 強制収容27

それから18年もの歳月がすぎた。
すっかり平和な観光地と化した囚人島はあの時と変わらないエメラルドグリーンの海と青空でフェリーから
降り立った1人の中年男をむかえていた。
SPYの黒いサングラスに白い開襟シャツ・・・右手には暑さで脱いだベージュのジャケットを手に持ち感慨深げ
に島全体を見渡す彼は猫宮ヤスシ。
そう、美智子の彼、その人である。
観光地・・・とはいえまだ囚人施設は可動していて沢山の囚人たちが日々訓練に従事し、新たに世の中への
再出発の切符を手に入れるべく奮闘していた。
昔あった陰惨な拷問もなく、はつらつとした高校球児なみのすがすがしさが囚人たちにはあった。

「イチニッ!イチニッ!!ハイッ!!!」
「イチニッ!イチニッ!!ハイッ!!!」

小さな漁港にはいまだ昔ながらの荷降ろしに明け暮れる中年男やフリーターたちが白いタオルを真っ黒に
汚し仕事に生をだしている。
昔は美智子や囚人も理不尽に行い、ひどい拷問を受けた仕事も今では日雇いの男たちの為の一日の糧に
なっていた。
役場と漁業しかなかった孤島も今は少し違った。
島を盛り上げる為の「囚人島ツアー」なるものまであり、ナント年間約10万人もの人々がこの半径3kにも
満たない孤島に集まってくるのだから驚きだ。
今日も沢山の年配のお客が・・・

「ほーぅ綺麗じゃのう」
「パパーッ!あそこお魚がいるよぉっ!!あれ何々!?」
「クマノミかなー。可愛いねー」
「ザワザワ」

だがお客の本当の目当ては囚人などではなく、若くして死んだ美貌の女スパイ、PINKFOXの碑石を尋ねる事だった。
この物語で事実上美智子、PINKFOXを殺したO氏は人が変わったように政治に没頭し国民の信頼を得、約5
年間も総理大臣を務め引退後も政界をサポートしつづけ病床で亡くなる間際、しきりに彼女の名前をつぶやい
た為たちまちマスコミ各誌は表舞台で無名であった゛魔性の女、PINKFOX゛を取り上げる。

「O氏の秘妻説」「桃色狐」「平成のマタ・ハリ」「伝説の魔女」「美貌の娼婦」

謎は浮上しスキャンダラスに一般誌に取り上げられ沢山の映画、小説のモデルになりやがて伝説になる。
が、世間的には悪女で゛あり犯罪者。
大多数は゛流行り者゛としての好奇心、沖縄旅行のついでに・・としか見ていないのだ。
中傷もある。

「へーあれが囚人施設かぁ・・魔性の女があそこでビシバシ鞭で打たれて!あっ、いい♪なんてょ」
「キャハハ!やだケンちゃんたら」
「全裸で漁港を走ったってモロ変態じゃん。囚人以前にヘン○イだよなそれ」
「なんでも政治家の○×のア○コを○×ったって話・・ほんとかなー」
「色々ヤバいよねこの女。だから犯罪が絶えないのよこの国はさぁ」
「ヒソヒソ」

(美智子・・・・・・・)
これが現実なのだ。
類稀な美貌で沢山の政治家、VIPクラスの男たちを騙し闇に名を馳せたPINKFOXの残してきたものは
所詮ドス黒い背徳に満ちた足跡でしかないのだ。
だがヤスシはそれでもよかった。

生きてくれてさえいれば・・・

美智子の全てをかばい、彼女の夫として微力ながらも守ってやれたから。
罪人の家として世間から陰口を叩かれひどい中傷を受け続けたかもしれない。
職を失い路頭に迷ったかもしれない。
それでもヤスシは身をボロ雑巾のようにし美智子を死ぬまで守り抜いたに違いなかった。
それは彼にとって彼女はかの女スパイPINKFOXなんかじゃない、この世界でたった一人の愛する女性、
馬渕美智子なのだから・・・
残された彼には大きな孤独と何もしてやれなかった後悔の念だけが残った。
彼は美智子のおかげで助かり、命を奪われる事なく生きてこれたのだ。
その代償として彼女は・・・彼女は・・・
そんなのどかな風景の彼らは過去を知る事はこの先ないであろう。
この冴えない40男が実はPINKFOXのただ1人の男であり、命を賭けて彼女を愛した事も。

そんなお客たちを横に見ながら彼は初めての地に降り彼女も歩いたであろう錆びれた漁港をコツコツと10分
程歩き小高い丘の上にある食堂兼おみやげ売り場へ。
アイスクリーム、カレー、らーめん、どこにでもある食堂は昼時なのだ。
囚人たちとお客がワイワイと仲良く雑居し美味そうな音を立てて飯を掻きこんだりしゃべったりしていた。

「・・・隣、いいかい?」
「?、ああ、どうぞ」

実は今日は彼女、PINKFOX、いや馬渕美智子の本当の命日であり、ヤスシは初めて此処に来た。
時はもう戻らない。
何かを期待して本土を出た訳ではない。
ただ、ただ何故か来ずにはいられなかったのであろう。
壁に貼られたお品書きを見、注文をしようと定員を呼ぶ。

「おーい!、みそらーめんとラ・・」
「はーい、今いきますよっ♪」

その瞬間、ヤスシは止まった。
あまりの衝撃に雑踏は聞こえず呼吸さえできない。
が、その子はパタパタと明るく駆け足でやってきた。


「えーと、みそラーとライスですねっ♪」
「あ、ああ・・頼む・・・・」

ショートボブ、色白で細い華奢な体、優しい笑顔、彼女と少しだけ違うのはやたら人懐っこいところぐらい。
それは、それは・・・

「おじさん!可愛いだろぉ!?未来(みらい)っていうんだミラッ!!俺たちのアイドルってな!!!」
「でもアイツ、古い漁師のおっちゃんから言うとあの女スパイ、PINKFOXそっくりだって!!アイツにんなもん
出来ないだろうけど、色気ゼロやしハハ(苦笑)!」
「そういやあリョウタ囚人長もそれ言ってたぞぉ?しかも懐かしそうにさぁ」

やがて駆け足で未来が持ってきたらーめんをすする。
泣くまいと顔を下にし犬のように彼は食べる。
真実の歴史は皆、闇に包まれる。
彼女は間違いない。
彼と美智子のヴァーチャルセ○クスで生まれたたった一人の精子の子供だ。
あの時美智子と同じようにO氏も「殺した」といった美人女医と精子菅は実は密かに生き延び極秘にこの島で
暮らしていたのであろう。
そしてそれを守ったのは勿論彼女が関わった漁師やリョウタらの囚人たちだったに違いない。
食べ終わったヤスシを待っていたかのようにそこには今にも泣きそうな未来がたたずむ。
分かっていたのだろう。

「・・・お、おとうちゃんっ・・・?」
「未来っ!!!」


歴史に名を刻んだ魔性の女、ピンクフォックスは死んだ。
しかし馬渕美智子というかけがえのない女性は夫、ヤスシとその子、未来にとってはたった1人の゛母゛として2
人の中で変わる事なく生き続けるに違いない。
空は快晴。
すすりなく声と号泣する声・・・小さな食堂で2人はいつまでも抱き合っていたという。





                                                              終わり